職員会議の違い

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毎回、アロアシャ学園に行くと職員会議に参加する。
重要事項の決定や情報共有にはなくてなならない点では、日本であろうがバングラであろうが同じである。ただ、大きな違いは、決めなければならないことの多さに違いがある。
日本は、先生たちがしなければならないことが多すぎる。それ故、毎回、職員会議で話し合われるテーマの数が半端でない。だから、会議資料を全員に配付するため、莫大な紙を使う。
月例の全体会議のほか、緊急の会議が行われ、さらに教科毎や職務分担毎、学年、部活、さらに他校の先生との会議など、一年間の会議の数はいくつあるのか、数えたこともない。
2年間、仕事で学校にいたので、その会議の数の多さに驚くばかりでなく、実際に会議に参加せざるを得なかったことを振り返ってみると、なんて、日本人は会議が好きなんだろうと、今更ながら思う。紙を見ないと話ができない。一年間の会議資料が山のようになる。
逆の見方をすれば、会議をしないと物事を決められない体質になってしまったのかもしれない。「民主主義=会議による決定」では無いとは思う。「会議=安心」なんて、思い込んでしまう。
組織が大きくなればなるほど、複雑になるのは仕方ないとしても、とにかく、日本の教員は多忙である。
アロアシャ学園のように、勉強を教えることだけに集中すれば、会議の頻度は少なくて当たり前である。ただ、日本の小中学校とは違い、「貧しくて、親の承諾が得られて、勉強したいという強い意志がある」という厳格な入学者の選抜基準があるという点では、日本の先生たちよりは大変である。
一番の上の写真の右から二番目に写っている白い顎髭のじいさん、この人はラッシャヒ大学の教育学部にいた先生で、モンジュールさんが、かねてから、アロアシャ学園に招きたい先生であった。
彼は、アロアシャ学園で朝礼を提案し、学園でも実践している。生徒たちに規律とメリハリのある学園生活を送らせたいという彼のモットーがアロアシャ学園を変えている。モンジュールさんの期待に応え得ている。
タヌキオヤジは、ここ2年ほどアロアシャ学園に顔を出していない。どれぐらい変わってきたか、いつか、見に行きたいとは思っている。

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