ラッシャヒは遠くなりにけり

rajshahi-university_3.jpg
ラッシャヒ大学の正門に腰掛けて佇む若者。
思えば、1997年2月1日。悪友に騙されて、バングラの地に降りたった日から、ちょうど18年と9日。ラッシャヒ市長室でラッシャヒ市長を待っている間、暇つぶしに、アロアシャ学園の創設者ホサイン・モンジュールさんにチューリップの促成栽培の方法を話したのが切っ掛けで、毎年のようにバングラデシュに行くようになった。
今年、5月にアロアシャ学園の創立20周年記念のセレモニーを行うという。悪友やNPO法人アロアシャ・プロジェクトの前身「アロアシャの会」の事務局長だった元山形大学農学部助教授鈴木先生たちやたくさんの日本人が参加するのであろう。
タヌキオヤジはというと、はっきり言って、行かない。行くつもりもないし、現地からのオファーもない。ここ1~2年で急激に心がモンジュールさんから離れていった。いや、前から、その兆候はあった。その理由は、このブログで、ボチボチ書いていくこととする。
相変わらず、バングラはごたついている。ラッシャヒ大学で警察官に撃たれて死者が出たので、抗議のためのストライキが始まろうとしている。
今まで、大学の教職員も学生も政治活動をしないと、立身出世ができない社会構造を作り出してきた。キャンパス内で人殺しや過激なデモ活動が行われてきた。その度ごとに、何度もラッシャヒ大学は当局により封鎖され、生き物を扱う研究室では、研究材料がパアになり打撃を食らってきた。
昨日のブログにも書いたが、教育って何だろう?立身出世して金持ちになるため?
人間の幸せにどれだけ自分が関われるかでないのかなあ?
仕事も全く同じと考えられるけどなあ。
タヌキオヤジが、モンジュールさんから必要とされていない今、正しく、ラッシャヒは遠くなりにけり。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*