厳戒令、非常事態宣言は出ないのか?

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毎日のように、無差別の火炎瓶による犠牲者が出て、連日、報道で大きく取り上げられている。
何年も前に、同じような状態になり、軍が非常事態宣言による鎮圧を行った。大統領の下、臨時の選挙管理内閣が設置され、政治活動は影を潜め、平和な時期が何年か続いた。
普通の国ならば、軍によるクーデターとして、軍事独裁政権が樹立されるのであるが、バングラデシュは一味違う。軍が混乱を押さえると、治安が保たれ、平和な国になるのである。変な話である。
しかし、選挙管理内閣から一般選挙による民主政権に移り変わると、この国はおかしくなるのである。
前回の軍の掌握は、現在の政権からクーデターと見なされ、軍幹部は裁判にかけられ、有罪となり、多くの軍人が死刑を言い渡され、現政権から合法的に殺戮された。
また、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスが国会議員に立候補を表明したとき、ユヌスが創設したグラミン銀行の頭取の座を定年制があるとして、引きずり下ろし、立候補を断念させた。
本来なら大統領が戒厳令や非常事態宣言を出し、軍に異常な事態を沈静化をさせるべきなのであるが、現在のバングラデシュの大統領は最大の権限はあるものの名誉職的な地位にあり、現政権寄りであるという。このため、多くの国民が望む戒厳令や非常事態宣言は出ない可能性が高い。
現政権は、多くのマスコミを利用して、最大与党BNPを率いるカレダ・ジア婆ちゃんを悪党化している。各地で起こっている、無差別テロを大きく報道させ、国民の支持を与党党首シェイク・ハシナ婆ちゃんに向けさせようとしている。
タヌキオヤジは、多くのベンガル国民と同じようにどちらの党首にも同情もしなければ、支持もしない。その理由は、明日にでも明らかにしたい。
ある人から聞いた話である。
1971年に、当時の西パキスタンから独立し、バングラデシュ人民共和国を樹立し、日本が世界で一番最初に、国として承認した。このため、多くのベンガル人は、親日家が多く、信頼度も高い。
その一方で、当時の東パキスタン軍(現バングラデシュ軍)の将軍であったムジブル・ラーマン(現政権アワミリーグ党首シャイク・ハシナの父親。後に、イギリスに留学していたシェイク・ハシナ以外の家族は全員暗殺された。)は、国民的英雄と言われてきたが、どうやら、事実は、そうではないらしい。
バングラデシュの独立戦争は、自分たちの母語であるベンガル語を話すことがアイデンティティーであり、それを守るための戦いとされてきた。しかし、この戦いが印パ戦争と言われてきたように、元々の東パキスタン軍は、非常に軍事力が弱く、西隣にたくさん住む同じベンガル語を話すインド人(民族的にはベンガル民族)の主力部隊が、西パキスタン軍から勝利したと言うのである。
ベンガル語を話すインド人と現在のベンガル人は、西パキスタン軍には見分けが付かなかった。あくまでも、インドと西パキスタンとの戦争で、ある意味、西パキスタンに味方したアメリカとインドに味方したソビエトとの冷戦構造に組み込まれた戦いと言うのが真実であり、ムジブル・ラーマンは英雄ではないという説なのである。
何が真実かはわからないが、日本も第二次世界大戦時の疑いを隣国からかけられているのも、似たような構造なのかもしれない。
軍人も殺される国なんて見たことがない。邪魔なものは消される。明日、また、考えよう。

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