歌って踊って、毎晩、笑う毒宴会。

ジャパン・フレンドシップ・アカデミーに滞在中は、毎晩、歌って踊って大宴会であった。ラーマンさんの奥さんケアさんの弟マスッドさんが歌が好きで、酒が回ると踊り出した。
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ラーマンさんが日本にいた頃の話で、毎晩、転げ回るほど笑った。突然、忘れていた日本語が、ラーマンさんの口から飛び出す。それも、決して褒められた言葉ではないが、タヌキオヤジも使わなくなった日本語を外国人のラーマンさんが使うので、おもしろくて、仕方がなかった。
「ハンパモン」「クルクルパー」など、懐かしい言葉で、ラーマンさんのワンマンショー的な時間を毎晩過ごした。
ラーマンさんが日本のパン工場で働いていた時のことである。たくさんの外国人労働者の中で班長になったラーマンさんは、昼食は他の外国人とは違う時間に取っていた。ラーマンさんが工場に戻り、班長の帽子を他の労働者たちが見たとたん、本来の担当の場所ではなく、みんな、違う場所で仕事をしている風に振る舞うので、仕事をしないで遊んでいたことをラーマンさんに見抜かれ、「半端も~ん!」と怒鳴られていたという。
ラーマンさんは、「愛と青春の旅立ち」の鬼軍曹のような立ち回りをしていたに違いない。その様子を日本語でおもしろ、おかしく語るので、転げ回るほど笑わなければならなかった。
とにかく、笑った。毎晩、笑った。ここ10年以上、日本にいても腹を抱えて笑うことがなかった。笑いに飢えていた。だから、スポーツや映画よりも、お笑い番組や落語を見ていた。笑いは、心が洗われる。今回の旅は、ラーマンさんのおかげで心温まる癒しの旅となった。
それにしても、バングラで、よく思うのであるが、奥さんたちがわからぬ日本語を話している会話の中に溶け込んでいる。我が女房は、お客さんが来れば、茶菓子を出してくれるが、すぐに奥に引っ込む。「奥様」だけに。
最近、ラーマンさんが電話をかけてくると、ケアさんが簡単な日本語で話してくれるようになった。ラーマンさんから、一生懸命、習っているようだ。今度、ジャパン・フレンドシップ・アカデミーに行ったとき、タヌキオヤジと日本語で話したいと言う。
頭が下がる。本当は、タヌキオヤジがベンガル語をもっと話さなければならない。ベンガル語で話して、笑いを取れるように努力しなければならないと感じている。

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