山形ダッカ友好病院のラーマン先生に会った。

ラーマン先生名刺.jpg
ダッカの有名デパート・アロンの近くに山形ダッカ友好病院がある。

院長のラーマン先生は、山形大学医学部に留学したことがある。山形の病院や関係者がラーマン先生を支援している。ラーマン先生は時々、山形においでになっているようである。このため、日本語が堪能である。

以前、ラーマン先生とダッカで会ったことがある。アロアシャ学園の新校舎オープニングセレモニーをした2000年1月、ダッカのシュンドルボン・ホテルで会った。オープニングイベントに参加した先生の支援者の令嬢をホテルに迎えに来てくれたときである。

ダッカから飛び立とうとした日は、運悪く、バングラで日常茶飯事だったホッタル(ゼネスト)と重なった。事前予告制で、野党政党がバングラ全土でおこなうホッタルでは、参加者が投石をするため、商店はシャッターを閉め、バスなどの交通機関はもちろん、マイカーも走らなくなる。国中が非常事態宣言のような状態になっていた(過去完了)。

このため、ラーマン先生のアドバイスで、朝早く、ホッタルが始まる前に、マイクロバスをチャーターして、ホテルからダッカ空港に移動した。

ラーマン先生と会って、これらのことを話したところ、先生も、懐かしく思い出されていた。以前、ダッカで会ったときは、オープニングセレモニーの日本側参加チームの一員として会っただけなので、個人的に先生と話したわけでもなかった。今回、偶然にも、バングラデシュ繋がりで、お上からお声がかかって、ラーマン先生に会うことになった。

先生は、ダッカに来たときには寄ってくださいと言われて名刺を渡してくれた。今後、ダッカで緊急事態の時は、お願いできることになるだろう。

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