終戦記念日とムジブル・ラーマン暗殺記念日

今日は日本にとっては太平洋戦争の終戦記念日でした。バングラデシュでは、独立戦争の英雄シェーク・ムジブル・ラーマンが暗殺された日です。

偶然にも同じ日ですが、どちらも、深く悲しい思いが残る日になってしまいました。

バングラデシュが1971年12月に独立した4年後の1975年8月15日に当時の陸軍によって、現首相で当時イギリスに留学中の娘のシェーク・ハシナ以外の家族全員が暗殺されてしまった事実はあまりにも有名ですし、実質的にハシナ首相の指示によって暗殺の首謀者12人が最高裁による極刑の判決が言い渡されたこともバングラデシュでは当たり前のことになってしまいました。

あるベンガル人の方から聞いたことがります。

印パ戦争当時の東パキスタン軍(現在のバングラデシュ)は戦闘能力が低く、隣国インド軍のベンガル人精鋭部隊の活躍が目覚ましかったために西パキスタン軍(現在のパキスタン)は降伏せざるを得なかった。パキスタン人にとっては、ベンガル人としては同じ民族なのでインド軍部隊なのか東パキスタン軍部隊なのかわからなかった。

ムジブル・ラーマンはバングラデシュの人々にとっては独立戦争の父ではあるものの、当時のパキスタンにとってはベンガル人部隊(インド軍、東パキスタン軍両方)の最高指導者ではないのです。

詳しい話は、2015年10月14日の投稿「印パ戦争の一説」に書いてあります。

歴史に関しては様々な見方があります。

太平洋戦争の一つの例として、姉妹ブログ「リトルカブ珍道中記」の2018年7月17日投稿の「四ケ村の棚田 番外 幸生銅山編」を挙げておきます。

また、国際法上、サンフランシスコ講和条約締結までは日本は終戦ではないと言う人もいます。

ともすれば、一方的な、都合の良い情報に惑わされやすい情報化社会に翻弄されることなく、正しい歴史認識は何かと自問自答する8月15日も終わろうとしています。

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