印パ戦争の一説

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いつの世の次代も、時の為政者は自分に都合の良い歴史認識をするものだと、感じている。南京大虐殺であっても、その時代に生きていないし、その事件の場所に居合わせていない。真実はわからない。「一説には...」というのが、たくさん存在する。

あるベンガル人の方が言っていたことを思い出した。

東パキスタンが西パキスタンから独立した1971年は、バングラデシュ建国の年である。

インドとパキスタンの戦争・印パ戦争は、バングラデシュ独立の戦いであったが、ソビエトとアメリカの代理戦争であったと言う。インド側にはソビエト、パキスタン側にはアメリカが背後にあった。

バングラデシュの母語であるベンガル語を話す国民であるベンガル人のアイデンティティーの戦いと一般的に言われているが、ソビエトとアメリカの代理戦争に巻き込まれただけだと話す。

元々、バングラデシュの軍隊は弱小で、インド東部には多くのベンガル人が住み、バングラデシュ軍と見分けがつかない強固だったインド軍のベンガル人部隊が西パキスタン軍を東パキスタン内で孤立させて、白旗を揚げさせたのが真相(一説)だと言うのである。

この時、バングラデシュで、建国の父「ボンゴボンドゥ(バングラの友)」と称えられたのがシェーク・ムジブル・ラフマン(ラーマン)であり、バングラデシュ紙幣には必ず印刷されている。

彼は、学生運動の後、バングラデシュ独立により現政党のアワミリーグ初代党首で、初代大統領となるが、イギリス留学中だったことから難を逃れた現在の首相シェーク・ハシナ(娘)を残して家族全員暗殺されてしまった。

政治的には、シェーク・ムジブル・ラフマンは初代大統領になったが、軍事的には、インド軍の前では英雄でも何でもなかったというのが「一説」なのである。

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