バングラの激動の一年を振り返る

韓国に迫る真珠の首飾り

ついに大晦日がやってきた。

今年一年をバングラデシュとの関わりだけで考えて振り返ると、激動の一年だったことがよくわかる。

1月から始まった首都ダッカ兵糧攻めの主要道路封鎖のゼネストは3月までにも及んだ。この影響で2月渡航を目指して、航空券まで手配していたが、ジャパン・フレンドシップ・アカデミーには結局行けなくなってしまった。

アロアシャ学園では、このゼネストの影響を受け、イチゴ苗の出荷が思うようにいかず、給与の支払いがままならず先生たちに迷惑をかけてしまった。

5月3日に悪友や元事務局長だった山形大学OBの鈴木先生がアロアシャ学園創立20周年記念式典に参加した。鈴木先生も毎年、後期高齢に近づいており、最後の渡航のつもりで式典に参加されたが、ラッシャヒ大学での特別講演(もちろん英語で)など積極的にバングラデシュでの渡航を楽しんでこられた。

アロアシャ学園にマンゴーの乾燥工場が完成したが、マンゴーの出荷時期までは完成が間に合わなかった。最大の理由は、乾燥機のラインを日本からバングラデシュに入れるときに大変手間取ったことにある。それは、他でもない、賄賂の問題にある。長年、日本の大手企業で海外輸出に携わってきて、今回のライン輸出をした企業の社長さんの読みが甘かったことにある。それだけ、バングラの賄賂は難攻不落であることの実態が証明されたようなものである。

アロアシャ学園の会計係と日本の公益財団法人が送り込んだ日本人スタッフが手を組んで勝手にバングラで会社を作ったが思うように業績が伸びず、元会計係は学園に戻りたいと言っている。日本の公益財団法人の構想で、バングラデシュにアロアシャ学園のような学校や農業の施設を含めた開発エリアを作ることで進めてきたが日本人スタッフの裏切りもあり事業半ばで頓挫してしまった。悪友は、上手くいかないだろうと財団に助言していたが、その通りになってしまった。その分、アロアシャ学園の日本側としては、財団からの信用、信頼が増す結果になってしまった。

アロアシャ学園の卒業生のために食品衛生のカレッジを作る計画を進めてきたが、ISが絡んでバングラで日本人が殺害されるという事件が立て続けに起こり、現地の日本人スタッフが不自由な生活を余儀なくされている。

ISの関係団体はバングラデシュには無いとはっきりバングラ政府は明言しているが、未だに、日本人殺害の動機が政府から発表されていない。不安が払拭できないまま、恒例の年末渡航は断念せざるを得なくなった。

福島のルンジュさんからは12月渡航を打診されていたものの、仕事の都合で12月渡航は最初から無理だったが、バングラの治安に日本の外務省が黄色信号を出している状態が続いている。

ジャパン・フレンドシップ・アカデミーで日本語教育を始める準備をしてきたが、IS問題もさることながら、SNSをバングラ政府が止めるという世界中を敵に回すような暴挙に出ていて、Skypeを使って日本語のサテライト授業の計画まで潰されてしまった。

バングラでは、久しぶりに、これから国政選挙があり、結果次第では、政権を握れなかった政党がまた大規模なゼネストを予定しているようである。2月中は、渡航は無理だろう踏んでいる。

バングラに関しては、激動の一年だった。

以前からバングラで中国の不穏な動きを感じる。南沙諸島問題と絡み、チッタゴンを狙っているようである。中国の賄賂攻撃には日本政府は勝てない。これが、激動の1年を振り返ってのタヌキおやじの素直な感想である。

年明け早々、新しい学校の会議で東京に出かける。

来年は、バングラに関しては、どういう年になるのか、不透明なまま、大晦日を迎えた。

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