ダッカ・ラッシャヒ便

ラッシャヒに向かうUSバングラエアーラインの出発までロビーで待っていました。たくさんの国内線の発着がありますが、行先を示す案内標識がベンガル語表記なのでわからず、係員が盛んに行先を呼んでいるのを聞いて、自分たちが乗る飛行機の確認をしました。

ダッカ空港の国内線のターミナルにはボーディングブリッジはなく、エプロンに駐機している機材までバスで送り迎えになります。

今回の機材はボンバルディアDHC8-Q400でした。全日空が徳島空港で前輪が出ず、胴体着陸をしたことで一躍有名になった機種です。

この機種に搭乗するのは初めてでした。ターボプロップのプロペラ機で、静かでジェット機並みに早いと言われている機種で、一度は乗ってみたいと思っていましたが日本国内では乗るチャンスがありませんでした。

航空機を撮影することなど考えられなかったことですが、みんな記念撮影していました。

預け荷物は機体後部の貨物室に一つ一つ運び込まれていました。

単通路のナローボディ型の航空機に乗るのは羽田・山形を飛ぶエンブラエルのリージョナル・ジェットERJ-170以来のことです。今は90人乗りのERJ-190が飛んでいますが、ERJ-170は観光バスに羽が生えたような小さなジェット機という感じがしました。

この便は、ほとんど満席の状態でした。安い列車もありますが、ダッカ・ラッシャヒは6時間もかかります。プロペラ機では飛んでる時間は40分くらいでした。バングラデシュも経済的に豊かになり、時間をお金で買える人たちが増えたようです。

最近、ダッカ・ラッシャヒ間にノンストップの列車を走らせるというニュースがありました。どれだけ、スピードアップできるか、甚だ疑問です。

離陸はジェット機のような急な上昇ではなく、ふぁっと浮かび上がったという感じでした。昔乗ったことがあるYS-11とは全く違ったイメージでした。

上空は雲の絨毯。地上からは曇っている様子は全くないのですが、これは乾季で乾燥した土の埃が上空に舞っている状態です。土埃が雲に見えるのです。冬、スパイクタイヤが全盛期の時代に山に登ると同じような光景が見受けられました。

飛行機はガンジス川があるインド側(南側)からラッシャヒの町を北上し、ラッシャヒ空港に着陸します。

前と後ろの両方のドアから乗り降りできました。

久しぶりのラッシャヒ空港です。自分たちで降り立ったのは初めてのことです。今回、飛行機に関して驚いたことがたくさんありましたが、特に運行時間が正確になっていることに驚きました。私たちがダッカから30分遅れで飛び立ちましたが、ラッシャヒには10分遅れで到着しました。また、毎日、ラッシャヒ上空を飛んでくる飛行機は、ほぼ定刻に飛んできました。

空港の外にはモンジュールさんたちが迎えに来てくれました。それと同時に私服の警察のセキュリティーサービスのオッサンも待っていました。何か、いかがわしい、本当に警察官?と思わせるメンツでした。私たちのパスポートは写メされました。

今回、バングラの総選挙と重なり、抵抗勢力からの外国人警護という名目で、実際は選挙に関わってもらいたくないという思惑が透けて見えました。警護とは言っても、渡航の最初のころは、モンジュールさんに様子を確認するために電話をかけてくるだけのようでした。全く、警護されている実感はありませんでした。

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