タヘルさん

橋本ラナさんの投稿です。

今回、バングラに行った時、タヘルさんという人に会ってきました。彼はバングラで中国語では第一人者という人で、ハジナ首相と習主席との会談の時、通訳をしました。
その時、彼は歌ってくれました。
バングラは大きな犠牲を払ってバングラ語を手にいれたのに、今では、バングラ語が小さくなった、という歌の意味です。彼の作詞です。
バングラは、1971年の独立戦争で西パキスタンと分かれました。当時東パキスタン(現在のバングラ)は西パキスタンのウルドゥー語を統一言語として話すよう強制されました。
戦争は9カ月続き、300万人の犠牲のもとバングラは独立し、自分たちの言葉、ベンガリをつかんだのです。
ダッカのアパートでテレビを見ていると、アニメ(ドラえもんなど)はすべてヒンドゥーで放送され、子供たちはそれを見て喜んでいるのです。英語やアラビア語を使用する学校も多くなりました。
今のバングラはベンガリはかたすみにやられています。

 

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